艦これSS「春の風」
南方海域で深海棲艦が動いた。
かなり大規模な攻勢に出てきている。
各拠点の守備部隊はなんとか守りを固めている。
鎮守府からも何度か艦隊を派遣したが、兵力に差があり、牽制するのが精一杯だった。
防戦一方の状況の中、提督は参謀と対策の協議を続けていた。
一日では終わらず、連日、前線からの報告と付き合せ、作戦を練った。
ようやく作戦が固まった時、提督も参謀も疲れ切っていた。
参謀が憔悴した表情で部屋を出ていくと、扶桑が心配そうに提督の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、心配をかけてすまない」
こみかめを何度か抑える。頭は疲れてぼんやりとしていたが、それも抑え込んだ。
「扶桑、龍田と長門を呼んできてくれるか」
「分かりました。少し待っていてくださいね」
すぐに扶桑は龍田と長門を伴い、執務室に戻ってきた。
提督は南方海域の海図を机に広げ、一角を指示した。
「この地点に敵艦隊の補給艦がいることを潜水艦隊が突き止めた。
58達が頑張ってくれた。次はお前達の力を貸してもらうぞ」
提督の言葉に、三人が頷く。
「龍田、輸送用ドラム缶を装備した快速の駆逐艦を集めて鼠輸送艦隊を編成してくれ。
これは友軍への補給を目的としているが、敵もこちらの兵站には目を光らせているだろう。
今回はそれを逆手に取る」
「つまり、輸送艦隊に敵の目を引き付けさせる訳ね」
「そうだ。とにかく駆けに駆けてもらうことになる。
その場での判断も必要になることが多いと思う」
「なら、指揮は那珂ちゃんに。
補佐に三日月ちゃんにも付いて行ってもらった方が良いかしら」
那珂は川内型の軽巡洋艦で、神通の姉妹艦でもあった。
主力艦隊の一員として最前線で戦ったこともあるし、戦歴は長い。
三日月はキス島撤退作戦にて嚮導艦を務め、敵包囲網を潜り抜け、無事に撤退作戦を成功させたという実績がある。
提督としても異論はなかった。
「提督、私達はどうすればよいのだ?」
「長門と扶桑は敵の動きに乗じて、敵補給艦を強襲してもらう」
「敵の兵站を断つということか」
「この兵力差を覆すにはそれしかない。
護衛艦は無視してでも、なんとか補給艦を全て沈めてくれ」
「分かった。編成は?」
「二人の要望を踏まえて決める。
ただ、敵に潜水艦がいないことから、北上は付ける」
長門が頷く。
重雷装巡洋艦の北上は四十門の魚雷発射管を備え、総合的な火力は艦隊随一を誇っている。
潜水艦の妨害さえなければ、今回のような任務には打って付けだった。
それから数日間、作戦の準備は進められた。
扶桑から提出された編成案に目を通し、提督は頷いた。
突撃艦隊の主力は扶桑を旗艦に、金剛、羽黒、足柄、時雨、北上。
支援用の別働隊は長門を旗艦に、榛名、隼鷹、赤城、夕立、ヴェールヌイ。
現時点で、鎮守府に所属している艦娘の中でも最精鋭の面々である。
翌朝、執務室にやって来た扶桑を提督は立って出迎えた。
「出撃だな」
「はい、傍受される可能性がありますので、無線は封鎖しておきますね」
「分かった。現場での判断は扶桑達に任せる」
「必ず、作戦を完遂いたします」
提督は頷いた。
それから扶桑をぎゅっと抱き寄せた。
「提督、あの」
「必ず生きて帰ってこい。
どれだけ時間が掛かっても構わない。
俺は、お前達の帰りをずっと待っている」
「はい、必ず帰ってきます。
決して提督を一人にはいたしません」
そう言って、扶桑は微笑む。
優しげで慈しむような笑みだった。
しばしの抱擁の後、扶桑は突撃艦隊の面々を率いて鎮守府を発った。
その姿が水平線の彼方に消えても、しばしの間、提督は桟橋に立ち尽くしていた。
***
作戦は始まった。
執務室で書類に目を通しながらも、提督は作戦の経過について考えていた。
敵艦隊はこちらの鼠輸送に喰らい付いてくるのか。
扶桑達は無事に敵中を突破できるのか。
長門達は扶桑達と巧く連携できるのか。
考えても仕方がないことだ。
そう言い聞かせようとしても、扶桑や他の艦娘達の顔が浮かんでくると胸がざわめく。
「あの、司令官さん?」
横から掛けられたおずおずとした声に提督は意識を引き戻された。
側では臨時で秘書艦代行を務めている電が困った表情を浮かべていた。
「ああ、すまん。ちょっと、考え事をしていたよ」
「艦隊の皆のことです?」
電の言葉に提督は苦笑しながら頷いた。
「まぁな。皆、無事なのか気になってな」
「大丈夫です、司令官さん」
電の力強い言葉に提督は少し驚いた。
「この日の為に、準備に準備を重ねてきました。
だから、きっと大丈夫だって電は信じてます」
「そうだな、電の言う通りだ。
俺が信じなくてどうするっていうんだ。
ありがとな、電」
ふっと笑みを浮かべ、提督は電の頭を撫でた。
はわわ、と恥ずかしそうに電が俯いた。
不意に無線が鳴った。
電が緊張した様に黙り込む。
無線を介してのやり取りがしばし続く。
通信を切った後、提督は心配げな電に笑いかけた。
「作戦成功だ。残っている皆にも伝えてやってくれ」
「はいです!」
電が喜色を浮かべて駆け去っていく。
提督はどっと椅子に座りこんだ。
緊張が全身を一気に抜けていった。
数時間後、提督は桟橋にやって来た。
既に電を初め、鎮守府に残っていた艦娘達が外に出て騒がしくしている。
遠い水平線。
沈みゆく水平線を背にして、艦娘達が戻ってくる。
安堵の溜息が漏れる。
吐いた息は白くならなかった。
もうすぐ春なのだと提督は思った。